高校生に見られる小中高等学校
における算数・数学学習の実態と問題点

 高校生は、小中学校で習った数学の学習内容に対してどの様なイメージを描いているのだろうか。“好き まあまあ好き 普通 少し嫌い 嫌い”等を5段階で調査し50を基準とした「好感度指数」や「充実度指数」そして「支持指数」等を導入することにより、教室での学習の実体を捉えることとした。その結果、好感度指数は、小学校低学年時65、小学校高学年時55、中学校時51、高校1,2年時42となった。
 一般に言われている7→5→3程極端ではないが、学年の進行につれて数学への抵抗が大きくなっている
 そして、算数・数学に対しての現在の好感度指数は45であり、また、将来の自己実現に向けて算数・数学が精神的に与えている影響も、充実度指数が44と低く算数・数学教育への警鐘とも言える数値であると思われる。

1.はじめに
 高等学校の数学教育の現場では、数学の理解を進める中で興味関心をいっそう深めて、実践力を身に付けることが出来るように種々の取り組みが継続的になされているが、その成果は現れにくい状況である。その主な理由に高校生に課されている教材が小中学校で学んだ事項の上に積み上げられていること、また、学年の進行に伴う数学への好き嫌いの分散化によるものと思われる。
 学習項目で負担が大きいと感じたものへの対策を講じ、将来の自己実現に向けて算数・数学教育が少しでも貢献できるものになるよう環境の整備をしていくと共に、生徒達の思考力や創造力をより伸ばすことに結びつくような教え方への創意工夫が必要であると思われる。
 ここで言う「好感度指数」等は「好き」を5「まあまあ好き」を4「普通」を3「少し嫌い」を2「嫌い」を1とした平均値を50+25×(平均値m−3)と計算したものである。これにより、普通が50であるのに対し、62.5以上,37.5以下の場合にそれぞれその項目が「好き」,「嫌い」に偏っていると考え、75以上、25以下の場合には大いに偏っていると考えることとした。

2.調査対象者
 調査の対象者は、京都府下(和歌山県を含む)の国公私立高校(普通科)に通う高校2年生男女2200名余である。この対象者は、主に各校の類型別を代表するクラスからなる。

3.調査方法と時期     
 調査方法は質問紙法によった。調査対象生徒に、好き〜嫌いの項目を1〜5の5段階でマークシートに回答するように依頼した。その理由を回答する項目や、負担を感じた項目を回答する場合は、複数回答でマークするように依頼した。調査の実施時期は、H11年3月上旬である。

4.結果
 4−1 算数・数学教育への現時点での受け止め方について
(1)小学校以来11年間に亘り算数・数学を学んできたが、その間に色々な思いで取り組んできた実態は別表のようであるが、意外なことに一番楽しいと感じたのは1位小学1−3年生、2位中学3年生となっている。
(2)11年間学んできた現在の「好感度指数」は45と少し低かった。
(3)(2)の理由は1位「得意不得意による」(36%)、2位「内容の難易度の差による」(31%)が挙がっているが、小中と高校で1位と2位が逆転していることに注目したい。
(4)負担が大きいと感じた時期は、小学校では4年生(9%)、中学校では2年生(14%)、高校では1年生(27%)がそれぞれの1位に挙げられている。この事から、高校入学後の負担の大きさを緩和することが急務で且つ重要な課題であると思われる。
(5)理系・文系の進学決定に大きな影響を与えた教科は、1位数学(28%)、次いで英語、国語、理科(19%,18%、17%)が挙がっている。この事から、数学の得意不得意が文理のコース選びに大きく関係していると言えよう。
(6)将来の自己実現に向けての算数・数学教育の精神面の影響は好感度指数が(44)となっており、自信を得るべきはずの教育がややもすると劣等感を与えるものになっていることが 懸念されるものになっているように思われる。
(7)ではどの様な工夫がなされたら算数・数学教育がいっそう有意義なものになるかについては1位多様な学習コースの自由選択(27%)、2位習熟度別講座の自由選択と答えている。いずれにしてもあるべきシステムを自分で自由に選びたいという思いが強いように思われる。
 4−2 小学校の算数について
  前述のように小学校1〜3年と4〜6年の好感度指数は(65)→(55)で学年進行と共に下降しているもののおおむね良好な結果である。一方、一番楽しいと感じた時期は4年生(5%).5年生(4%).6年生(8%)である。つまり、必ずしも学年進行と共に下降しているわけでもない。これは、一方で好き嫌いが学年進行で鮮明になって行くが、当該学年にふさわしい教材が配置されているかどうかにもよる面があることを表していると思われる。そこで、教材の配置に関して検討の余地が尚あるのではないかと思われる。
  負担が大きいと感じた項目は、4年生では「表とグラフ(22%)」「概数(19%)」、5年生では「割合とグラフ(26%)」「小数と小数の乗除(19%)」、6年生では「立体とその表面積・体積(21%)」「比例と反比例(17%)」が挙げられていることから、これらの教材の扱い方にいっそうの研究や工夫を要するものと思われる。
 4−3 中学校の数学について
  前述のように中学校の数学に対する好感度指数は(51)と小学校の算数に対する指数を下回っており、少し前向きな姿勢が無くなりつつあると思われる。その主な理由は、小学校の時と違い「内容の難易度の差による(35%)」と担当教師の違いによる(14%)ものがおよそ半数を占めている。「担当教師の違いによる」を理由とする者が小低学年(1〜3)→小高 学年(4〜6)→中へと(9%)→(8%)→(14%)の様に移行していることから、教師の影響力をどの様に見るか検討すべきであるが、それには「内容の難易度差」への認識と対応策の研究工夫が、その解消に繋がるのではないかと思われる。
  項目毎の負担の大きさでは、中1では「空間図形」(42%)が群を抜いており、次いで「関数と比例」(29%)、中2では「相似な図形(27%)」と「資料の整理(23%)」、中3では「確率と統計(28%)」と「2次関数(20%)」、「計量と相似(19%)」となっている。
 4−4 高校1,2年の数学について
  前述のように高校1,2年生の高校数学に対する好感度指数は(42)とあまり好ましいとは言えない数値である。特に、高校1年生の時から負担を感じたものが27%と群をぬいて%が高い。
  これは、中学校での学習ペースと大きな差があるため高校数学に対しての負担が重く感じられることによるものとおもわれる。本校を例にすると高1(5単位)で数学1と数学 Aを慌ただしく教科書と問題集(オリジナル)までを学んでいることによるものと思われる。また、好き嫌いの主な理由は小学生では「得意不得意による」と「内容の難易度の差による」がほぼ同じであるが、中学高校では内容の難易度の差によるが(33%.35%)になっており、得意不得意によるが(31%.27%)であるのを上回っている。
  これは中学高校生の段階においては例え数学が得意であっても内容の難易度の如何によって大きな理解度の差が生じていることを表すと思われる。併せて担当教師の違いによるが小低学年.小高学年中学.高校で(9%.8%.16%.14%)と小学生に比べて中学高校生では2桁に及んでいることから、十二分に教材研究をすることが重要なポイントになっているように思われる。また、個人の努力と平行して組織的な検討を加えることにより、その問題を解決するのにふさわしいシステム作りをなすことが一方でまた重要な事であろうと思われる。
  ちなみに、負担の大きい章は、数Tについては 「確率」(28%)、「順列と組み合わせ」(20%)であり、数学Aでは、「平面幾何」(50%)、「数列」(38%)が挙げられている。また数Uについては、「三角関数」(34%)と「指数・対数関数」(33%)であり、数学Bでは「ベクトル」(41%)と「複素数」(34%)となっている。

5.文系の数学Bの習熟度別授業について
  本校では数学Bの内容が数学Uに比べて発展的内容であることに対応して、文系数学Bの選択者に対して習熟度別授業を実施してから4年目になる。
  受講生徒がより適した学習の場を得て、より充実した学習が出来るよう講座編成のしかたや学習内容の精選に配慮している。
  一方、生徒の学習評価・評定が講座の違いにより不公平にならないよう留意しなければならない。
  生徒の受け止め方はアンケ−ト結果にあるように習熟度別授業には概ね肯定的であるが、上記のことにかかわって次のように対応している。
(1)講座の編成について
 ア)年度当初の講座分け
   受講生徒の1年生終了時における数学T・数学Aの評定により数学科の判断で次のように決めている。
   A講座(標準・発展的内容)……評定が共に3以上かつ一方が4以上の生徒
   B講座(基本・標準的内容)……評定が共に3以下かつ一方が2以下の生徒
   評定が共に3,2と4,2と5などの生徒は、担当教官が授業中の学習進度や、試験での点数化されない理解度を考えて決定する。
 イ)講座変更について
   学期末毎に生徒からの講座変更の希望を聞いて、それが講座編成の趣旨に反していない場合は変更を認めている。また、担当教官の判断により変更することが望ましいと思われる生徒に対しては、生徒の意向を聞き本人が承諾した場合だけ変更している。
   3年間の講座変更の実施状況は次のようである 
    平成8年度  変更希望者なし           変更者なし
    平成9年度  変更希望者2名           変更者2名(A→B)
    平成10年度 変更希望者3名,変更勧告者3  変更者4名(A→B)
  平成11年度9月現在変更なし
(2)評価・評定について
 ア)テスト実施方法
   定期テストは、共通問題(標準的問題)50点、単独問題(A講座発展問題中心・B講座基本問題中心)50点で実施した。
   その他、学習効果を確認したり、学習意欲を喚起するための課題テストや実力テストは講座別に適宜実施することとした。
 イ)評価・評定について
   基本的には共通テストの結果を柱として評価している。単独問題の成績、レポート、授業への参加姿勢、出席状況を加味して総合的に判断するが、A講座では3,4,5,B講座では2,3,4を中心に付け、特にB講座では、5は付けない。A講座で2,B講座で5の成績に該当する生徒が出たときは、講座変更を行うようにする。
〈概評〉
  生徒を平等に扱うことによって、生徒個人の学習意欲を促すことは大切である。しかし、進路選択、興味関心、能力に違いがある生徒に対しては、それに応じた学習の場を設定すること により、生徒の学力を向上させていきたい。
  エリート教育のみに力を注いでいけばよいと言う考えではなく、習熟度別授業を低学力等の生徒に対して学習意欲に繋げていきたい。
  そのため、H8年度にこの制度を取り入れてたとき、講座編成に際しては生徒の希望を聞くことが望ましいが、生徒が固定概念にとらわれて講座を選択してしまうと、講座編成の意図が生かされなくなることを懸念して、数学科の教員のみの判断で講座編成を行った。
 (ただし、2年文系数学Bの選択希望者の講座編成は、1年学年度末の数学の成績評定により行うことを1学期の時点で1年生全体に連絡している。)
  今後この制度が定着し、次の要因が整っていけば、年度当初の講座編成を生徒の希望に添って行っていきたいと考えている。

 @講座編成の主旨が理解され、生徒が学習効果を判断の基準とするようになる。
 A文部省から習熟度別講座開講に関わる許可がなされる。

6.習熟度別授業について考察とその対策    3年間の推移
(1)本校二年生の理系は数学Uと同じく数学Bも必須であるが、文系では数学Bを選択している生徒は数学Bが数学Uに対して発展的内容であると思われることから習熟度別授業を受けている。この制度を始めてH11年度で4年目当たる。9年度より受講生の体験をアンケートでまとめて、次年度以降の参考とすることとした。
   数Bは数Uに対して発展的内容で構成されていると思うかとの問には、YESが本校で43%(アンケ−ト全体32%)であり、この支持指数は64(全体56)であった。 また、習熟度別講座に分けられている意義の理解は、YESが58%(全体31%)、NOが13%(全体30%)であり、後輩にもこの制度を引き継ぐことが望ましいかというと、YES は47%(全体41%)に減っているが、NOも7%(全体10%)に減っている。そのため、支持指数は前者が73(全体50)と後者が70(全体65)であることからおおむね 肯定的に受け止められていると判断し、2年生文系の数学Bの習熟度別講座分けはH12年以降も継続していくことにしたい。
  そして、アンケ−ト全体の結果(習熟度別授業の範囲の解答人数はおよそ1/3)としても概ね肯定的に受け止められている。というのは、後輩がこの制度で学ぶことを多くが支持しているからである。
  いずれにしても、各講座により適した教材の精選を行うことや授業展開に関する研究・工夫をすることの必要性を強く感じさせられるところがあるように思われる。
(2)本校1年生で条件付き確率を取り扱っていることに、生徒が負担を感じていることから、今年度からは、2年時に取り扱うことにした。また、数Aの数列を負担に感じている生徒 が多くいることから「数学的帰納法」と「2項定理」は2年時の数Uが4単位のため少しゆとりがあるのでそこで取り扱うことにした。

7.充実度等の一覧表についての考察   調査結果一覧
  アンケ−トに協力下さった11校を無作為にA−K校として類型別に一覧表を作成した。F校やI校について全体的に望ましい指数であるように思われるが、他校については、ある類型には課題があるのではと感じられるように思われる。特に、人文系に共通して中高の好感度指数をはじめ全体的に指数の低さが読みとれることより、今後に大きい課題が残されているように思われる。また、将来の自己実現に算数数学が精神的にマイナスの作用をしている類型が多いと思われることから、大きな悲しみを感じると共に具体的に何をなすべきかについて検討するための意見交換が急務であると思われる。

8.終わりに
  高校生の算数・数学アンケート結果からは、比較的健全・良好な指数が得られている類型もあるが、多くはその分布状況からみて多くの生徒達が大きな負担を負っている側面が伺えるように思われる。
  今回は和歌山県と京都府下の公立・私立学校にアンケート調査の御協力頂き有り難うございました。さらに、比較研究を進めていくなかで、生徒諸君の将来に向けての自己実現に際し、算数・数学教育がいっそう有意義なものになることを念じて止みません。
  最後に、和歌山県立粉河高校.京都府立城南高校、城陽高校、宮津高校、西宇治高校、莵道高校、八幡高校.私立京都西高校、京都成章高校、洛南高校10校数学科の先生方の御協力に感謝の気持ちを表しお礼の言葉といたします。

京都教育大附属高校 数学科   小宅 邦夫
薮内 毅雄