研究紀要72号(平成1410月)

 

文法指導再考

基本に立ち返った統一的説明を試みる

 

 境倫代(京都教育大学附属高等学校)

 

1.はじめに

 「文法指導」という言葉は今や時代遅れとされ近年敬遠されがちである。その背景には、「コミュニケーション志向の英語教育」の台頭がある。文法・訳読中心の授業を何年やっても、コミュニケーション能力は伸びない。かえって文法をやると形式にとらわれすぎて、英語が話せなくなるとさえ言われている。しかしながら、言うまでもなく、その言語に関する文法知識がなければ、コミュニケーションを行うことは不可能である。「文法にとらわれずコミュニケーション能力を伸ばそう」などという宣伝文句がもてはやされた時期があったが、文法を無視して、単語を単に羅列するだけでは、コミュニケーションがすすむどころか、たいへんな誤解へとつながりかねない。やはり、文法は必要である。 それではいったいどのような文法知識をどのような方法で教えたらいいのだろうか。この点に関しては、おおいに議論の余地がある。そこで出てくるのが、場面の中で帰納的に文法を習得させることが望ましいという主張である。事実、検定教科書にも場面や機能に基づいて構成されているセクションやレッスンが見られる。しかし、日本の英語教育の実情を考えたとき、もし、明示的説明を一切認めないとしたら、莫大な時間と労力が必要とされる。確かに、何十年間も同じ英文法を繰り返し教えることには問題がある。だからと言って、文法=悪の根源 と決め付けるのは問題である。高校生は、認知的にも、知的思考力の点からも、ある一定の水準に達している。したがって、実情に合った文法知識を明示的に教えることは一定の効果を生むはずである。本発表では、コミュニケーション能力向上に有効な文法知識とは何か、さらに、学習者にとってどのような説明が理解しやすいといえるのかを中心に考察していきたい。

 

2.現状の問題点

2.1 文法用語を教えて中身を教えていない

 文法用語は文法指導には欠かせないもので、それが無ければいちいちその内容を説明しなければならないが、文法用語を使うことで簡潔にわかりやすく説明することができると思われがちである。しかし、学習者の立場に立ったとき果たしてそうだろうか。岡田(1989)は『現在時制』という文法用語を例に挙げて、文法用語によってかえって学習者が混乱することを指摘している。現在時制の用法として、多くの文法書は次のような説明をしている。

 

(1)   現在の状態・事実

She has blue eyes. / He is a famous writer.

(2)   現在の習慣

I take a walk before breakfast.

3) 不変の真理

The earth goes around the sun.

4) 確定的未来:come, go, leave, arriveなどの往来発着の動詞に多い

His train arrives at three o’clock.

5) 時や条件を表す副詞節において未来の代用:when, before, till[until], as soon as ; if, unlessなどに導かれる「時」や「条件」を表す副詞節中で

a. I will stay here until he comes.

b. If it rains tomorrow, what will we do?

 

これが、現在時制の用法であると説明されたとき、学習者は、なぜ現在時制が確定した未来を表すのだろうか、また未来の内容を表すwhen節やif節で現在時制が登場するのはどうしてだろうか、と当然思うはずである。しかし、その根本的な理由は説明されないまま、断片的に事象だけを教えられ、知識として覚えるようにと要求される。これでは文法知識がなかなか身につかないのは当然である。単に用法を列挙するのではなく、現在時制の用法とは、その出来事や状態が現在時点において心理的に存在することを表すものであり、話者の心理の中で現在として存在するのであれば、過去及び未来について言及することができるということを説明しなければならない。話者の心理に言及してこそコミュニケーションと文法が結びつくのではないだろうか。これは一例に過ぎないが、他にも文法用語と中身の隔たりに悩むケースは少なくない。『現在完了』が過去時の出来事や現在に至るまでの継続を表すこと、『進行形』が予定された近い未来を表すこと、『未来時制』と呼ばれるものには現在進行形、現在時制で表されるものがあること、『現在分詞と過去分詞』という名称は時制と直接結びつかないことなど数えあげればいくらでもある。文法を教えるときには、その文法用語を教えるのではなくその形式が表す意味すなわち中身を教えなければならない。

 

2.2 形の相違による意味の相違を無視した機械的な書き換え

 文法指導の問題点として必ず指摘されるのが次のような書き換えである。

 

(6) a. He gave me a camera.

b. He gave a camera to me.

(7) a. Picasso painted the picture.

b. The picture was painted by Picasso.

(8) a. When my father reads a newspaper, he wears glasses.

   b. Reading a newspaper, my father wears glasses.

 

従来の学校文法では(6)〜(8)のような機械的な書き換えを当たり前のように教えてきた。しかし、厳密に言うと各組の2文が伝えようとする内容は同じではない。(6)aはa cameraの所有者が変化したことを表し、(6)b はa cameraの移動を表す。(7)aはPicassoが既知の情報であり、(7)bはthe pictureが既知の情報である。(8)aは「父は新聞を読むときにはめがねをかける」という習慣的行為を意味するが、(8)bの分詞構文は必ずしもそのような意味として解釈されない(河上, 「英語参考書の誤りとその原因を突く」, 1991)。むしろ「新聞を読むので」のように理由と解される可能性が高い。従って、(8)bを(8)aの意味で解釈するためには、When reading a newspaperとしなければならない。このように、その英語が発せられた場面や構文自体が持つ意味などを考えない書き換えは話者や書き手の意図とは異なる英語を作り出してしまう危険性がある。コミュニケーションを成功させるためには、機械的な書き換えを教えるのではなく、形の違いから生じる意味の違いを教えることこそ必要である。そうすることによって、学習者は場面に即した英語を産出することができ、コミュニケーションも円滑に進むのではないだろうか。

 

2.3 動詞の持つ語彙情報の軽視

 英語を産出する際、動詞は多くの情報を提供してくれるが、実際の授業で動詞の持つ情報に注意が向けられることはあまりない。

 

(9) a. Mary will again leave the village at dawn.

   b. Mary will again leave the village.

(10)a. I put sugar into my coffee.

   b. *I put sugar.

 

(9)a のat dawnは必要不可欠な修飾語ではないが、(10)のputの場合は目的語のほかにinto my coffeeという場所を表す副詞句が必ず必要である。しかし、(10)bが文法的に間違いであると指摘する際に、この情報を教えることはあまりなされていない。動詞によって、どのような構造をとるかは決まっていることをもっと強調し、動詞の持つ情報に敏感になることを促すべきではないだろうか。そうすることによって、正しい英文の産出は少なからず促進されるのではないか。確かに、このような語彙情報をすべての動詞に関して毎回明示的に教えることは不可能である。しかし、少なくとも頻度の高い重要な動詞についてはできるだけ語彙情報に注目させたい。

 

2.4 文法の間違いに対して細かく訂正しすぎる

 間違いの訂正に関しても、その過剰さがよく指摘される。薮内(2001)は次表を示し、日本人教師(20人)と外国人教師(20人)との訂正に関する違いを指摘している。明らかに外国人教師の方が学習者のアウトプットに対して許容範囲が広い。 これは間違いを容認しているというよりむしろ、それがまったく正しい英語であると判断したかあるいは、場面次第では正しいと判断したためと考えられる。2、3、6、7は場面次第で可能な表現である。岡田は(2001)は4、8、9、10、12を正しい英語であるとしている。このように、正しいものまで間違いであるとして訂正してしまっている場合すらあることに英語教師は気がつく必要がある。

 

生徒の作文に対する訂正フィードバックの有無

 

ALT

JTE

1. He said to us that he was sorry.

   0

  6

2. I was surprised by her sudden visit.

  0

  4

3. The true story was known by a few concerned.

   0

  3

4. She was the first foreigner who climbed the mountain.

   0

  5

5. I wish I was a bird.

   0

  1

6. He said he is living in Nara.

   0

  4

7. I’ll call you if I will be late.

   0

  8

8. Have you ever gone to New York?

   0

  1

9. My sister is taller than me.

   0

  1

10. She is as tall as me.

   0

  8

11. It’s best to talk about your problems to someone—maybe they can help you.

   0

  6

12. Chris cut her hair at the salon on University Avenue.

   0

  3

13. Give Al Gore and I a chance.

   0

 14

14. He learned me how to swim.

   5

 14

15. My opinion is different to yours.

   3

 16

16. I’m disinterested in music.

   4

 14

(薮内 2001, §3.2)

 

2.5 規則を教えることに終始しコミュニケーションにつながっていない

 文法のテキストに登場する例文はコンテクストを持たない単文なので、いくらその文法事項を含む例文であるといわれても学習者には実感がわかない。

 

(11)a. Ken seems to be ill.

   b. Ken seems to have been ill.

(12)a. I wish you were not ill.

   b. I wish you had not been ill.

 

(11)は完了不定詞を教える際に, (12)は仮定法過去と仮定法過去完了を教える際に必ずといっていいほど出てくる例文である。教師はなんとかその違いをわからせようと繰り返し説明するのだが、コンテクストのない単文だけでは非常に困難である。コンテクストを与えればいいとわかってはいても、そのような例文をすべての場合に用意することはなかなか難しい。ついつい参考書にでている単文で済ませてしまうのが実情である。

 

3.新しい視点

現在の学校文法は以前のものに比べ、生成文法,談話文法、語用論、機能文法など新しい理論が徐々に取り入れられている。しかし、現在では用いられなくなった規則や間違った規則が文法テキストに登場していることが今でも少なくない。 また、個々の事実がばらばらに解説され、その共通性や統一性に欠けていることも大きな問題である。そのために学習者に与える負担は大きく、文法知識をうまくコミュニケーションに生かせない結果になっている。本節ではその点を踏まえ、新しい視点に立って文法の中身を考えてみたい。

 

3.1 統一的な説明を目指して基本的な意味に立ち返る

  統一的な説明を目指すに当たって重要なことは、その文法項目が持つ基本的な意味に立ち返ることである。基本的な意味に基盤を置くことによってばらばらに見える事実がつながり、そこに統一性や共通性を見出すことができる。このことによって、学習者の負担は軽くなり、理解や納得も容易になる。岡田(2001)、薮内(2001)もこの点を強調している。

 

3.1.1 現在時制

 現状の問題点の節でも触れたように、現在時制とは、話者の心理の中で現在として存在するものを表すものである。これを基盤に置くと、一見ばらばらに見える用法がつながってくる。現在の状態(例文1)は文字通り話者の心理の中で現在としてとらえられている。反復行為や習慣(例文2)は個々の出来事が連続し状態化し、過去から未来に向かって伸びていくことを表す。過去から未来への伸びが最大になったものが不変の真理(例文3)と考えられる。未来に言及する現在時制(例文4)とは発話時点において、未来の場面が完全に決定していると考えられる場合である。つまり、その未来の場面を事実としてとらえているのである。カンレンダー、時刻表、変更不可能と考えられる取り決めなどがそれに相当する。さらに、現在時制は過去に言及する場合があり、物語の中で過去の出来事をあたかも眼前で展開される現在のことのように表す歴史的現在(13)や、直前の発話行為を現在で表す場合(14)などである。

 

(13) Caesar leaves Gaul, crosses the Rubicon, and enters Italy.

(シーザーはゴールを出発、ルビコン川を渡り、イタリアに入る)

(14) John tells me you’re getting a new car.

                                                 --- Leech (1987, §16)

3.1.2 進行形 

 進行形には次の3つの基本的な性質がある。

 

(15)   a. その時点で継続中の行為である。

b. 一時的な継続である。

c. その行為は必ずしも完結していない。

 

一般に進行形の用法は、「進行中の動作」、「反復行為」、「確実な未来の予定」と説明される。

 

(16)  What are you doing now? --- I’m getting ready for my trip. (進行中の動作)

(17)  Don’t call on them at 7:30 --- they’re usually having dinner. (反復行為)

(18)  I’m inviting several people to a party. (確実な未来の予定)

 

一見ばらばらだが、(15)の性質に基盤を置くと、3つの用法はつながる。進行中の動作は行為の継続を表し、反復行為は反復することによってその行為が継続しているととらえることができる。未来の予定に関しては、「往来発着の動詞に多い」という説明をよく見かけるが、動詞自体に原因があるのではなく、進行形というものが、すでにその行為が始まっていて未完了であるという性質を持つために、すでに取り決められた予定を表すのだと考えてはどうだろうか。 

 (15)の性質から(19)(20)のような意味の違いが説明可能である。

 

19) a. I live in Wimbledon. --- (私はウィンブルドンに住んでいる:永続的)

     b. I am living in Wimbledon. --- (私は今ウィンブルドンに住んでいる:一時的な継続)

                                            --- Leech (1987, §30)

 

20) a. The man was drowning. (その男は溺れかけていた:未完了)

    b. The man drowned. (その男は溺れた:完了)

                                 ---Leech (1987, §31)

 

さらに、進行形が一時的な継続を表すことから(21)bが(21)aより丁寧な表現になることも説明できる。つまり、一時的な希望であると述べることで相手の負担を軽くして断りやすくしているからである。

 

(21) a. I wonder if you will give us some advice.

    b. I’m wondering if you’ll give us some advice.

                                           --- 村田 (1985, §2.5.3)

 

従来の学校文法ではこのような進行形の性質をあまり取り上げていない。しかし、見てきたようにこの性質を基盤に置くことで多くの事象を統一的に説明することが可能である。

 

3.1.3 現在完了

 現在完了といえば、「継続」「経験」「完了」「結果」という用法が示され、(22)〜(25)のような例文が提示される。学習者はこれらが別な物であると考え、現在完了を見るとなんとかしてこの4つの用法のどれかに当てはめようとする。しかし、(23)(24)の場合、目的語の位置にくるものが有名な文学作品かその日の新聞かによってまったく異なる用法になるのだろうか。

 

(22) I have known him since he was a child. 継続

(23) Have you readThe Old Man and The Sea’?  経験

(24) Have you read today’s paper?  完了

(25) The taxi has arrived.  結果

 

この例からもわかるように、それぞれの用法が別個に存在しているのではない。その土台になる機能は一つであり、その下位区分に便宜上名前がついているに過ぎない。現在完了の機能とは、過去のある場面を現在時と結びつけることである。その結び付け方には2種類あり、ある場面が現在時まで継続していることを表す場合と、ある場面が過去から現在までの間に少なくとも1回は生じたあるいは生じなかったことを表す場合である。Declerck (1991) は前者を継続完了、後者を不定完了と呼ぶ。(22)は継続完了に該当すると考えられる。(23)(24)はどうだろうか。(23)は生涯のうちでその出来事が起こったかどうかを問題にし、(24)は「最近」という期間の中でその出来事が起こったかどうかを問題にしているのである。したがって、不定完了という土台は同じであり、決して別個のものではない。さらに、不定完了の場合、過去の出来事の結果が現在もなお残っていることを含意する場合がある。(25)がそれに相当する。タクシーが到着した結果、タクシーが今ここに存在していることを含意するのである。

 日本人学習者は、現在完了で表現すべきところを単純過去で表すことが多いとよく言われる。これは、上で述べたような現在完了の基本的な意味をしっかり理解できていないからではないだろうか。やはり、基本に立ち返り、土台の文法機能を教えることが重要である。

 

3.1.4 法助動詞の整理

 can, may, must, will, should, ought toのような法助動詞がそれぞれどのような意味を持つかを学習することは学習者にとってかなり困難である。多くの法助動詞には2つ以上の意味があり、異なる助動詞が同じような意味を持つ場合もあるからである。しかし、助動詞の意味を一つずつばらばらに覚える必要はない。助動詞の意味は次の2つに大きく分かれる。

 

(26) a. ある状況に対する話者の確信の度合いを表す。(認識的意味)

   b. 文の主語が持つ義務や自由の度合いを表す。(根源的or義務的意味)

 

(26) aはその度合いによって、可能性、蓋然性、必然性などを表す。(26) bはその度合いによって、意志、許可、能力、義務、禁止などを表す。このように考えると、法助動詞を扱う場合、次のような一覧表を提示し、その度合いの違いを説明する方が学習者にとっては理解しやすいのではないだろうか。

 

(27)

 

will

can

may

ought to   should

must

 

話者の確信の度合い

蓋然性・予測

期待

可能性

(理論的)

可能性(事実に基づく)

必然性mustより弱い)

必然性

義務・自由の度合い

意志

許可・能力

許可

義務 (mustより弱い)

義務

 

(27)を示すことによって、学習者は法助動詞の大枠を理解することができる。さらに、それぞれの助動詞がどのような関係にあるのかもわかる。 その後に、個々の助動詞の持つ細かい内容を補足的に説明すればよい。たとえば、意志のwillには(28)のような強い意志と(29)のような弱い意思がある。また、mustとhave toの違いなども後からの補足説明で取り上げればよい。

 

 

(28) a. He will do everything himself, although he has a secretary. (固執)

    b. I can’t open the door.  The key they’ve given to me won’t go into the lock. (拒絶)

(29) a. Who will give me a hand in the kitchen? (自発性)

    b. Will you have a look at this, please? (依頼)

   c. Will you have a scone? (申し出)

  

3.2 機械的な書き換えの有効利用:形の違いは意味の違いを伴う

 ここでは従来機械的になされてきた書き換えを使って、意味の違いに気づかせる有効利用を考えてみたい。

3.2.1 受動文

 能動文⇄受動文という機械的な書き換えを行っていると、ある一つの出来事は、能動文と受動文の両方で表すことが可能だが、たまたま受動文を用いているに過ぎないという錯覚を起こさせてしまう。もちろんこの2つの構文は意味が違う。その違いを理解させるためには、能動文ではなくなぜ受動文なのかということ,さらに,受動文を用いることができない場合があるのだということを教える必要がある。

(30)は動作主が不明であるためや動作主に言及したくないために受動文を用いている。また、(31)のように動作主を敢えて強調したいときにも受動文を用いる。動作主が何をしたかよりも被動者に何が起きたかに関心がある場合は(32)のように受動文を用いる。(33)は旧情報から新情報へという情報構造の原則を守るために受動文を用いている。

 

(30) a. Too many books have been written about the Second World War.

    b. All necessary information will be sent to you.

(31) The order to arrest the leader of the Opposition was given by the Prime Minister himself.   

(32) The escaped lion was caught again two hours later.

(33) “Nice picture.” --- “Yes, it was painted by my grandfather.

 

  次に機械的な書き換えが不可能な場合を考えてみよう。能動文は必ずしも受動文にできるわけではない。受動文が可能となるためには、能動文の主語(動作主)が能動文の目的語(被動者)に何らかの影響を与えるという関係が必要である。その関係の中で、下の図式のような書き換えをしてできたものが受動文である。

    

    S (動作主) +   V  +  O (被動者)

                 

    S (被動者) + be・過去分詞 +  by (動作主)

 

これは受動文を考える際に根本となる考え方である。この関係が成立しない場合、通例受動文は使えない。たとえば、動詞が関係概念や状態を表したり、認知に関わる心理を表したり、また、動作ではない「なる」「おこる」という出来事を表す場合には、[動作主]と[被動者]という関係が成立しないので通常受動文は用いられない。従って、(34)〜(36)の受動文は不可ということになる。

 

(34) The auditorium holds eight hundred people. [状態]

(35) I’ve known Mary for a long time.  [心理]

(36) Jill has caught a cold. [出来事]

 

しかし、つぎの(37)a, bでは主語が異なることによって、前置詞の目的語に影響を与えるかどうかの判断が異なる。村に住んだのがアインシュタインであればその村は有名となり影響を受けたと考えることができる。従って受動文が可能となる。

 

(37) a. Einstein lived in the village.

      The village was lived in by Einstein.

    b. John lived in the village.

      *The village was lived in by John.

 

このように、受動文の書き換えを題材にすることで,なぜ受動文なのかという動機付けや受動文を用いるために必要な意味構造を学習者に意識させることができる。

 

3.2.2 二重目的語構文

 

(38) a. S + V +O + O 

   b. S + V + O + to/for + O

 

この2つの構文が表す内容は同じではない。(38)aはO1がO2の所有者になることを表すのに対して、(38)bはO2がO1の所へ単に移動することを表す。このため、(38)aの形を所有変化構文、(38)bの形を移動構文と呼ぶことがある。この違いを認識することによって次の2文の意味の違いが浮かび上がってくる。

 

(39) a. Mr. Okada taught the students English.

    b. Mr. Okada taught English to the students.

 

(39)a の学生は英語を理解し習得できたことを、(39)bは単に英語の授業が学生になされたことを含意し、学生がそれを習得したかどうかは不明である。 さらに、(38)aの構文を用いたときは、O1はO2の所有者になれるものでなければならないので次の(40)bは文法的に正しくない。

 

(40) a. Mary sent a letter to London.

    *b. Mary sent London a letter.

 

(38)bの構文(移動構文)では使えるが、(38)aの構文(所有変化構文)では使えない動詞がある。例えば、donate, report, construct, explainなどである。このことについては学校文法ではほとんど扱われていない。しかし、機械的な書き換えに慣れてしまうとうっかりこのような動詞を所有変化構文で使ってしまうことは十分考えられる。実際に自由英作文でよく見かける間違いである。岡田(2001)はこのような動詞については明示的に教える必要があると主張している。確かに、日本人英語学習者にとって、明示的な指導がない限りこの規則を習得することは非常に困難であろう。

 このように二重目的語構文の書き換えを利用して、移動構文と所有変化構文の違いを認識させることができる。そうすることによって話者の心理により忠実な英語を産出することができるようになると思われる。さらに、動詞が意味する行為によって目的語が影響を受けるという概念をここでも学習者に実感させることができるのではないだろうか。

 

3.3 動詞の分類を考える

  ここまで新しい視点に立って文法事項の説明をこころみてきたが、最後に動詞の分類について触れたい。従来、学校文法で動詞の分類と言えば、目的語をとるかとらないかによって分類する自動詞・他動詞がその主なものであった。しかし、本発表でもすでに扱ったが、進行形にできる動詞とできない動詞の区別を考える場合には、まったく別の基準が働いている。つまり、動作か状態か、完了か未完了か、継続可能な行為か瞬間的な行為か、などといったことが判断の基準となってくる。 また、受け身文が可能かどうかの判断にも、状態か動作かということが関わってくる。 Vendler(1967)は英語動詞をこのような観点(語彙的アスペクト)によって分類している(41)。この分類を文法指導で利用できないだろうか。

 

41) Vendler (1967)の分類

状態動詞 (states) : 時間的な制限に縛られない恒常的な状態を表す動詞

know , believe, have, desire, love

活動動詞 (activities) : 持続的で決まった終結点を持たない行為・過程を表す動詞

      run, walk, swim, push, drive

到達動詞 (achievements) : 瞬間的な事象を表す動詞

      die, stop, reach, recognize

達成動詞 (accomplishments) : 動詞の行為と終結点を含意する動詞

      break, built, open, make, recover

 

ここで進行形が可能かどうかを見てみると、状態動詞は変化のない状態を表すのであるから、進行形にはできない。活動動詞は典型的に進行形で用いられる動詞である。到達動詞の場合、瞬間的な事象なので継続を表す進行形にはなじまない。 The car is stopping. という進行形は、終結点に近づこうとしているという別の意味を表すことになる。達成動詞は終結点に至るまでの間の行為を進行形で表すことができる。            この4つの分類に基いて考えることで解決する疑問は進行形だけではない。今まで学校文法では触れられなかった動詞の側面であるが、恐れることなく取り入れてみてはどうだろうか。

 

4.おわりに

 本稿の目的は、従来、個々の事象としてとらえられてきた文法項目をその共通性に注目し、統一的に説明することであった。そのために、学校文法には取り入れられてこなかった文法理論にも目を向けてみた。そうすることで、いくつかのばらばらな事実を体系的に説明できることが可能であるとわかった。新しいことに取り組むことにはいつも勇気がいる。しかし、何かを変えなければ、文法批判は変わらないだろう。今や、最大の関心事といっても過言ではない「コミュニケーションに役立つ文法指導」に到達するために、英語教員はもっともっと文法指導について考えていく必要がある。新しい英語学の理論は研究者だけのものではないはずである。英語教育の場面でその理論が成果を挙げると信じて常に新しい文法理論に目を向け、言葉のとらえ方の感覚をみがくことが大切ではないだろうか。

 今回の考察では、具体的な教授法には触れることができなかった。 コミュニケーションに役立つ文法指導はその教授法によるところが大きい。場面の中の例文提示はその一つである。 最近では、BNCやCOUBUILDなどのコーパスを活用することも容易になってきた。その用例の中から学習者が理解できて身近に感じられるものを探して授業に利用するのもひとつの方法である。文法定着に有効な教授法の研究は、ReadingやWritingの教授法研究に比べてまだまだ遅れているように思われる。明示的か非明示的か,演繹法か帰納法かも含めて今後の研究課題として取り組んでいきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考文献】

Close, R. 1977. ENGLISH AS A FOREGIN LANGUAGE. George Allen & Unwin Ltd.

Declerck, R. 1991. A comprehensive Descriptive Grammar. Kaitakusha Co.

Leech, G. 1987. Meaning and the English Verb.  Longman

Quirk, R., Greenbaum, S., Leech, G., & Startvik, J. 1985. A Comprehensive Grammar of the English Language. Longman

Swan, M. 1995. Practical English Usage. Oxford University Press

Vendler, Zeno. 1967. Linguistics in Philosophy.  Ithaca, New York: Cornell University Press.

岡田伸夫  1989. 「文法用語再検討」 『京都教育大学教育実践研究年報 第5号』  173 - 188

岡田伸夫  2001. 『英語教育と英文法の接点』  美誠社

岡田伸夫 (編著) 2002. Genius English Grammar. 大修館書店

河上道生 1991. 『英語参考書の誤りとその原因を突く』  大修館書店

影山太郎  1996. 『動詞意味論』  くろしお出版

村田勇三郎 1982. 『機能英文法』  大修館書店

薮内 智  2001. 「効果的な明示的文法指導の視点とその実践」 斎藤栄二教授退官記念論文集 『現代英語教育の言語文化的諸相』  59−75.

 

 

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